彼らも今、復讐の時を待っている。復讐するは我にあり の感想です。

 

紹介

昭和の殺人鬼、榎津巌(えのきづ いわお)の物語。
1979年公開、今村昌平監督作品。出演 緒形拳、三國連太郎、ミヤコ蝶々、倍賞美津子、小川真由美。
「 詐欺というのはしんどいね。やっぱり殺すのが、いちばん面倒がなくていいよ 」
 


 

感想

昭和の連続殺人犯、榎津巌(えのきづ いわお)とその犯行を淡々と映す140分。今村昌平監督、1979年の作品。逮捕後の連行から拘置所に移送、取り調べ調書の様子、裁判、死刑執行後の遺骨散布シーンまで。刑事とのやり取りの中で、榎津の特異さを見せられます。
その間に何度か、長い長い回想場面が入る構成。回想部分は時系列ではないもよう。平成の世でも驚かされる事件は多かったですが、昭和のそれは犯人に思想(信念)があるので、別の意味で怖いです。

まず、緒形拳(榎津巌役)の存在感が凄い。自信たっぷりに我が道(詐欺、殺人)を進む姿が怖い。重ねた罪は5人の殺人と計80万円の詐欺。堂々と悪人、罪悪感など全くありません。
緒形拳はどちらかというと刑事役のイメージ。なので、この役作りにのめり込んだらしい。緒形拳の妻は撮影中、夫が家でも他の人になっていたと語ってます。

最初の殺人は専売公社職員。金槌で何度も殴り、錐で何度も刺すというもの。痛そう。
(◎-◎;)

結構ジタバタ。マカロニ刑事の殉職が1972年の7月13日の放送。あの時の犯人のジタバタがよぎります。リアルな犯行シーンと言うのはこうゆうものか、Youtubeで見る実際の殺人とまた違うような気がしますが。残りの犯行は淡々。犯行の証拠(死骸)を物のように映し、事がなされたことを示します。死人に話しかける榎津、こちらの方が印象に残ります。
どのカットも妙に緊張感があるのは、殺人シーンを実際の現場で撮ったからかも。それと知った役者の演技に現れるのかもしれません。
(Wikipediaでは弁護殺害がそうと言ってますが、他のシーンもそうだという話があちこちのブログにあがってます)

突然始まるエチエチなシーン。ワザと汚く撮っているように見えるのは、今村映画のリアルさなのか? 実際はどうであれ、ああ見せたいということか。役者さんも大変です。
それはともかく、歳をとったからか、倍賞美津子、小川真由美の色気が今はわかります。

殺人を犯した母のために日陰の生活、妾の生活を送る女。昭和だなぁ。日大のタックル事件、それに続く女子レスリングのパワハラ。挙句にボクシング連盟会長の告発。私はこれは昭和が平成に負けた歴史的な事件だと思います。昭和の考えでは世の中には裏と表があり、清く正しいのにもほどほどに・・・と。
だんだん、世の中が抗菌コートされてきて、ついに膿が表に出てきたか。でもネイマールチャレンジとか見てると、世界はまだまだ昭和だと思うんだけどなぁ。

復讐するは我にありとは、誰が誰に復讐したいということなのだろう? ずっと以前、途中からテレビで観た時は、誠実ぶっている父親が、実は悪くて、その復讐なんだと思ってました。終盤の父親が、面と向かって、唾を引っ掛けるシーンが強烈なので。でも通しでみるとそうでもないような。
実は「新約聖書」の言葉で「悪人に報復を与えるのは神である」と意味らしい。・・・こちらもわかったような、わからないような。
むしろ登り詰めた昭和の大将たちは、急転直下その地位を失った今。いつか復讐してやると思うだろうなぁ
 
 


 

薀蓄

書き下ろしで講談社から出版。佐木はトルーマン・カポーティの『冷血』(1965年)を意識して執筆した。タイトルの「復讐するは我にあり」は、新約聖書(ローマ人への手紙・第12章第19節)に出てくる「愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒に任せまつれ。録して『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん』とあり」という言葉の一部で、悪人に報復を与えるのは神である、を意味する。こういう男がいたことを調査したとして、佐木自身は主人公を肯定も否定もしない気持ちを込めてタイトルに引用したという。
1968年の『神々の深き欲望』で各映画賞を受賞して高い評価を受けたものの、同作の長期間の撮影が災いして今村プロダクションはおよそ2000万円の借金を抱え、以後はテレビのドキュメンタリー番組を手がけていた。当時、苦境にあった今村昌平にとっては、起死回生の10年ぶりの新作劇映画である。
今村昌平は渥美清に主役オファーをするも渥美は「寅さんのイメージを裏切りたくない」との理由で断っている。
3分の2がロケ撮影され、残りが浜松の家のセット撮影である。弁護士殺害シーンは実際の殺害事件の現場であるアパートで撮影されたが、殺人のあった部屋そのものではなくその向かい部屋である。
映画化をめぐっては、トラブルが発生している。黒木和雄、深作欣二、藤田敏八が映画化を申し入れ、黒木とは2回、深作と藤田とはそれぞれ1回ずつ会い、その際にどの監督にも了承の印象を与えて、口約束ではあるが佐木から承諾されたと主張しており、後から正式に契約を交わした今村プロが映画化権を得たことに抗議。ただ、いずれも手付け金や契約のサインはなかったという。
この映画化トラブルは、週刊誌などでスキャンダルとして報道された 。作家の筒井康隆は、自作『アフリカの爆弾』に複数の映画関係者から映画化の申し入れがありながら、その後は何の音沙汰もなかった自分の経験を振り返り、「一方的に佐木を責めるわけにはいかんのではないか」と佐木に同情する言葉を残している。畑正憲も口約束で契約をする当時の映画界の慣習を批判し「ちゃんとした契約書を取交し、映画化原作料の半金でも支払っているなら大騒ぎしたって構わないけれど、そうでなければ、近代的な商取引とは言い難い」と、佐木を擁護するエッセイを書いている。

 

資料

英題:Vengeance Is Mine
コピー:惜しくない 俺の一生こげなもん…
監督:今村昌平
脚本:馬場当、池端俊策
原作:佐木隆三(復讐するは我にあり)
制作:井上和男
製作総指揮:-
音楽:池辺晋一郎
主題歌:-
撮影:姫田真佐久
編集:浦岡敬一

榎津巌 / 緒形拳
榎津鎮雄 / 三國連太郎
榎津かよ / ミヤコ蝶々
榎津加津子 / 倍賞美津子
浅野ハル / 小川真由美
浅野ひさ乃 / 清川虹子
柴田種次郎 / 殿山泰司
馬場大八 / 垂水悟郎
畑千代子 / 絵沢萌子
吉里幸子 / 白川和子
河井警部 / フランキー堺

配給:松竹
公開:1979年4月21日
上映時間:140分
製作国:日本
言語:日本語

配給収入:6億円

復讐するは我にあり(予告) – YouTube
 


 

本編を観るには・・・


復讐するは我にあり
(Blu-ray Disc)
( オムニセブン )

参考・引用

警察庁広域重要指定事件 – Wikipedia
西口彰事件 – Wikipedia
西口彰 生い立ち,子供の現在は?通報少女に宛てた手紙がコワい!(画像) |
『復讐するは我にあり』 – LACROIXのちょっと辛口 映画 批評 ( 映画批評 感想 レビュー 業界 所感 )
復讐するは我にあり – アブソリュート・エゴ・レビュー

更新履歴

初出)2018年08月14日、シネマドローム