★ 2025年七の月、東京湾に巨大不明生物が…【写真8枚】
有明駅、東側にふ巨大に施設がふたつ。防災体験学習施設 そなエリア東京、がん研有明病院。なぜここに建てたんだろう?
有明北緑道公園の案内です。
こんなに広い公園なんだから、なんでもできると思いきや差にあらず。禁止事項は10項目あります。
・ 植物の採取
・ ゴミ捨て
・ 火気(花火・焚火・バーベキュー)の使用
・ ペットの放し飼い
・ 指定場所以外での車両、オートバイ乗り入れ
・ 音楽、ダンスのライブ行為
・ 拡声器
・ 広告宣伝、物品販売、業としての写真撮影
・ スケボー、ラジコン、ドローン
・ ラジコン
キャッチボールとかはいいのか?サッカーは?やってる人はいないけど、広すぎるので、逆にやらないのかなぁ。取り損ねた時たいへんだから。お願いだから、昼寝だけは禁止しないでね。
シンプルプロムナード公園、花の広場。この写真を撮るのに、5分もかかってしまいました。昼休み、人通りが途切れた瞬間の1枚。
この暑さは正気なのか?人間はまだ元気ですが、花はシオシオになってます。なんか残酷。
ニッポンの食の未来を考えるイベント「食と生きる」。東京ミッドタウン日比谷に展示されていた藁アートです。
本物より巨大。藁で出来てるのに(藁でできてるから?)今にも動きそうな躍動感。写真を撮る人多数。大人気です。
作者の松本勇馬さんは1977年群馬県生まれ。普段はイラストレーターとして活躍してるそうです。本人のブログを見ると、馬とか虎とか龍とかアマビエとか遮光器土偶(?)とか他の作品も鑑賞できます。
用事があり、虎ノ門へ。早く着いたので東京タワー方面へ歩きます。途中に大きな公園が。何もない、誰もいない。ここが芝公園なの?車が多くてもそれほど空気が悪くない。何か細工があるのか…。
(後で知れべて、ここは芝公園の一部、芝公園4号地と判明しました)
真ん中まで行って360度見渡します。一番目立つビルは愛宕グリーンヒルズ。こんなところに住んでる人がいるんだ。あっ、こっちはオフィスビルか。
よく落ちてこないものだ。静岡放送東京支社ビル。黒川紀章設計、メタボリズムの秀作。
銀座とは思えない空間の使い方。昔は銀座も空が広かったに違いない。
メタボリズム(新陳代謝)というよりは、ホメオスタシス(体温維持)。やはりコアラがしがみついて、寝てるようにしか見えないな。
銀座中央通りを新橋方面へ。これは・・・陸橋の先に陸橋、その先にまた陸橋、そのまた先にまたまた陸橋!陸橋天国だ!!水上バスに乗った時、たくさん橋をくぐったのを思い出しました。
交差点、車を止めずに通過させる方法。立体交差が一番か。ラウンドアバウトは場所とるし、わかりにくいし。
ときめき橋は昭和通り、一緒に見れると良いのに、残念。
丸の内ストリートギャラリーの新作、やっと撮影できました。
リバース・パースペクティブという錯覚を使ったものらしい。ドラゴンがこっちを見ている動画が有名
伊東屋と同じ、近くに行くと寄りたくなる店。新しいものを見つける確率が高いのを、体が覚えているのかな。
世界のテーブルゲーム、いまでもおいてるのかな。テレビゲーム全盛期の頃、たくさん置いてあったけど。
高級ドールが人気らしい。自分でパーツを選び組み立てるらしい。でも、ここはリカちゃん。あれ、マスクしている。・・・ちっちゃいマスクだ。
もう20年ぐらい行っていないだろう銀座ヤマハ。私の中では数少ないフルスコアを売っている店として有名。インターネットが当たり前の今、その価値が伝わりませんが。
売りに行くと、楽器を試している人が。結構巧い。大きな西洋人?まさか、ジャン・ピエール・ランバル!?いやいや、とうに死んでるはずだ。
クロエ銀座店。最近、寄らないなぁ。お客のプロはコメントが優しい。
ブラント品て不思議。バリエーションが増えても、それとわかる個性がある。高いほどに欲しくなる魅力がある。そして、他のブランドを受け入れない調和がある。デザイナーが変わった時の革命も見もの。
グルメ番組以外でも取り上げられることの多いこの店。入ると想像より小さいです。一度しか入ったことがないですが。
1934年創建。日本に現存する中では最古のビアホール。ビールサーバー(ビールを注ぐ器械)は、ビールの液体と泡を別々に抽出するタイプ。「一度注ぎ」と呼ばれてます。
私を酔っ払わせるには一杯でいい。ただそれが13杯目か14杯目か思い出せないだけだw
銀座でひとり勝ち?松坂屋跡地にできた複合商業施設、 銀座SIX。混んでるように見えないのは、売り場面積が広い(延床面積は約14万8,700㎡)からでしょうか?
2017年(平成29年)1月に竣工。建物は地下6階・地上13階建てで、高さは約56m。
文化・交流施設として「観世能楽堂」を地下3階に配置しているそうです。
知識交換世務諮詢(ちしきこうかんせむしじゅん)。明治13年(1880年)、福澤諭吉により、日本最古の社交倶楽部として創られたビルディングです。
大正12年(1923年)の関東大震災で全館焼失。昭和4年(1929年)と平成16年(2004年)に建て替えられ、現在の姿に。正面の一部がファサード保存により残っています。
正面前の通りはこのビルに因み、交詢社通りと呼ばれています。
なんとなく、降りるのに勇気がいる階段。ここもそのひとつです。
八重洲地下への入り口、やっぱり禁止事項が多いなぁ。この際だから、殺人とか、放火とか、強盗とかも、書いておいてほしい。
この空間はなんなんだろう?いつも思うのがここ、4階玉ゐの横の空間。私は転送装置(スタートレック)と呼んでいます。
コンピュータはSFドラマ並みに進化、でも移動に関してはまだ物理学レベル。人を転送できるようになったら、世の中変わるだろうなぁ。もっともスタートレックに転送装置が登場したのは、惑星への上陸シーンが、当時の撮影技術では困難だったかららしいですが。