★ 2019年11月10日*父は本当に死んでますかね? なんか今動いたようなんですが・・・ 号

※ 今回から数回は特別編。近況報告とタイトル説明が同じになります。きわめて個人的な内容なので、面白くないと思いますが、この後の人生で何度か思い出すことがあると思うので、自分自身のためにアップしておきます。また更新記録はお休みします。

近況報告 / タイトル


終わりの始まり

よし、これですべて終わり。金曜の午後6時過ぎ、今週分の仕事が終了。連休明けの準備も終わりました。・・・帰ろっと。ちょうど良い時間、不思議と飲む気にならないし。

1時間半の長旅、電車の中で書きかけのブログの記事をまとめます。アップが全然間に合わないなぁ、どうにかしなければ。あっ、もう着いちゃったか。

最寄りの駅、バスに乗る前に連休中の食料を調達。父と母がともに施設に入ってから早半年、その前の入院の期間を含めると1年半になります。私一人では大きな家、もうただいまを言うこともありません。

この3連休には庭の手入れをしなければならないなぁ、草が伸び放題だ。先週、肺炎で入院した父は落ち着いた状態、でも週末の退院は無理のようだから、この隙にやっておかないと。

ご飯を炊いて、キャベツの千切り(調理野菜)を皿に。ロースの切り身を2枚焼いて、遅い夕食。風呂も沸いたので入ろうとすると、家電に着信。今頃誰だろう? 電話を取り損ねます。すぐさまスマホに着信。・・・これはまずい、父の病院からだ。運命の電話は21時33分でした。

父の心臓が止まったとのこと。一度持ち直したが、もう戻せそうにないといいます。一刻も早く病院にきてくれとのこと。来週退院じゃなかったのか。「こればっかりは、どっちに転ぶかわからない」、院長先生の言葉を思い出します。

火の元と戸締りだけを確認、車で病院に向かいます。何度か父を乗せ通ったこの道。今日は道路も駐車場空いています。

10時前に到着、入り口も閉まり、死んだように静かな病院。インターホンで到着を告げると、看護師さんが非常口に迎えに来てくれました。言葉を2,3交わすも父の話は出ず。もう駄目なのか、こんな急に。4階まで上るエレベータ、とても時間がかかりました。

すでに病室が変わったらしい。一番奥の部屋、入ると左手に父が横たわっていました。右手にベットはなく、椅子がソファーのように並んでます、遺族用か。父の顔を見ると、先週とはまったくの別人。こんなにやせ細って・・・。

先生が来ました。すでに10分ほど前に心臓が止まったといいます。瞳孔の反応もなし。私も確認し、臨終となりました。

なんてあっけない。人の死はもうすこしドラマティックなものじゃないのか。私が父の名を呼び、父は私に何か一言伝える。集まった親族が涙を流す中、息を引き取る。そのようなことはなく、父は逝ってしまいました。予想より3年も早くに。

いろいろ準備があるということで、病室を去る医者(せんせい)、看護師、看護婦。部屋に父と私が残りました。顔にかけられた布を持ち上げると、やせこけた顔。水も飲まずに2階級減量、試合後亡くなったボクサーみたい。ただ、痛みで苦しむということはなく旅立てたようで、それだけはよかったかも。

このあとはどうすればいいのか。親戚への連絡、お寺への連絡、葬儀場の手配、お通夜、告別式・・・。頭の中がToDoでいっぱいに。落ち着かなければと思った時、ビクッとしました。

あれ? 今、動かなかった?

まさかね、でも動いたとしたら・・・。まずじっと父の体を見つめます。体にかけられた布が、空調で小さくなびいてます。恐る恐るもう一度、白い布をあげてみます。いきなり、こっちを向いたらどうしよう、心臓が止まって、私が代わりに三途の川を渡ることになるかも。しかし、父は動かず。でも念のため、変な人と思われることも覚悟の上、看護師さんを呼びます。

「父は本当に死んでますかね? なんか今動いたようなんですが・・・」

さすがにそれはないと思いますと看護師さん。どの辺が動きましたかとの問いに腕が動いたようにと感じたという私。死後硬直というのがあるとのことでしたがそうなのか? ただ父の指を見ると、もう真っ白。生きている人のそれではありません。しばらく、見てましたが、もう動くことはありませんでした。生きていると死んでいるの境界線を決めた人は誰なんだろう。

まずは葬儀屋の手配。6軒ほど、案内の紙を見せてもらいました。自分でその中から選び、自分で電話しなければならないとのこと。どういう経緯(いきさつ)でそうなったか、なんとなく想像ができます。またその時、まだ父の体をこれから整えることを伝え、葬儀屋さんが何時ごろ病院に来れるかを確認してほしいとのことでした。

えいやで、葬儀屋を選び電話。すると40分ぐらいで病院に来れるとのこと。待合室に一人、続いて会社と施設、そしてKさんに連絡。冷静な自分を確かめながら、葬儀屋さんを待ちました。

50分ぐらいしてから、葬儀屋さん到着。年配(後で知りましたが75歳)の担当の方とこれからの段取りを決めます。横山やすしが生きていて、丸くなったらこうなったのではという感じのK林さん。仕事とはいえ、こんな夜分、大変だなぁ。

お通夜や告別式をするかどうか、最近は直送が多いらしい。セレモニーをやりたいこと、葬儀場の希望を言うと、葬儀屋さんの方で斎場に電話。日程と費用が決まりました。
父を車に運び斎場に移動、式まで父をドライアイスで冷やし保存してもらいます。それを見届けて、長い1日が終わりました。これからが大変そう。
 
続く

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