★ 2019年11月28日* 無題 号

※ 特別編最終回、今回も近況報告とタイトル説明が同じになります。また更新記録はお休みします。

近況報告 / タイトル


終わりの終わり

ほぼ準備は終了、あとはお通夜を待つばかり。母親の様子を見に行って、顔色を確認。そのあと、Kさんに会いました。

急なことでさぁ・・・。改めて報告。えっ!? 湯灌(ゆかん)ってなんだっけ。

会計係をお願いして、ちょっとグルメ。しばし現実を忘れます。

親が亡くなる。それは大きな悲しみ、大きな区切りと考えてました。でも、実際に亡くなってみると・・・。施設に入った時に、もう魂が抜けた状態。覚悟ができてたからかなぁ。自分が喪主になってもまだ、実感がわきません。

作業はあと、生花の数と宿泊の人数の確定、そして葬儀屋さんに連絡。何か仕事をしてるみたい。そうだ、骨壺を引き上げて来たときのために、居間を整頓しなければ。大掃除をして仏壇置場を確保しました。

時は止まるはずもなし、終わりももうすぐ終わり。もう明日はお通夜となりました。

お通夜は夜の6時から。もう時は駆け足です。

4時頃に会場へ行って、会場と父親の状態を確認(ちょっと化粧が濃いような)。会場はゆったり、これなら大丈夫そう。生花代や火葬場の代金を支払います。

Kさんを駅まで迎えに行って、受付の作業を確認。料理と宿泊部屋の確認。お坊さんがいらしたので、お布施を渡し、ちょっと父の話を。そうだったんだ、知らない父の話に驚きます。

介護施設の方は宗教の関係で、お通夜の始まる前に父に会いに。お礼を言います。親戚のおじさん、おばさんに会って、皆年老いたのに驚きます。わざわざ、ありがとうございます、お礼を言います。そして、初めて従兄弟の子供たちに会いに、その成長に驚きます。ありがとうね。お礼を言います。

進行の女性の言葉で、お通夜のはじまり。式が締まります。読経の中、お焼香。喪主が1番始めです。お焼香ってどうやるんだっけ? しまった、左右の一礼を忘れた。

だいたい予想通りの人数。料理も足りそう。宿泊も問題無さそう。何かが足りないような気がしましたが、お通夜も無事に終わりました。

告別式は翌日の朝10時から。告別式は親族のみとなりました。9時半に入ったら1番最後。来るのが遅いと怒られます。

長いの読経の間、若かりし日の父を思い出します。その頃の父の年齢を越えた今、その言葉や行動に、その時とは違う意味を知ります。おじちゃんが亡くなった時は、出棺の時に涙が止められなかったなぁ。でも今回は。

もう本当に別れの時。顔の周りが花束でいっぱいの父。棺を閉じて、喪主の挨拶となりました。

「 本日はお忙しい中、父XXXXのためにお集まりいただき、ありがとうございました。
だいぶ前から父は介護が必要な状態でした。次第にひどくなり、数年前私は会社を数ヶ月休職、父母と向かい合いました。あんなに長く父や母と過ごしたのは、子供の頃以来でした。

介護は驚かされる事がたくさんありましたが、その生活の中で、最後に人はどのように歳をとっていくのか、父から教わった気がします。そして少しでも恩返しができたかなと思ってます。

やがて在宅での介護が難しくなり、病院や施設に預かっていただきましたが、その先々で人気者になり、XXさん、XXさんと慕われてました。いろいろな責任からも解放され、楽しい晩年だったと思います。

突然の他界となりましたが、満九十二才。やることはやった一生だと思います。

本日はありがとうございました。 」

途中から涙声、何度か中断。ここに来て急になぜ。恥ずかしい挨拶になってしまいました。でも、このお葬式に足りないもの。それが涙だったとわかりました。親戚一同、葬儀屋さん、司会の女性、お坊さんまで、もらい泣きとなりました。

出棺。ぷわーとクラクションがなって、隣の建屋まで霊柩車で移動。炉がいくつも並んでます。大きな葬式、小さな葬式。終わりの時も人それぞれ。自分はあと何年ぐらい生きるのかなぁ。

かなり火力の有りそうな炉。ここまで待っても、動き出さないと言うことは、父は本当に亡くなったんだ。皆に見送られ、棺は炉の中へ。安らかに眠って下さい。

骨を骨壺の中へ。意外に大きな骨壺。ひとつひとつの骨を説明されるけど、こうなってはどれもただの骨。意味はないのに。

何かとても疲れた。葬儀が終わって1人、部屋に仏壇を作ります。
こうなるともう、入院している母が心配。明日からの役所や銀行、電気やガスの手続きが心配。会社の未読メールが心配です。

食欲もないし、いろいろな事が煩わしい。次は母親か、私はいつまで生きるんだろう。喪中だから、しばらくは大人しくしていよう。

おわり

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