都庁もドラマティックに。

ドラマティック都庁

  レポート

明暗のマジック、ドラマチックトーン

なんだか、ドラマチックトーンばかり。でもビルはポップアートやトイカメラや合わないものなぁ。[iAUTO]で。都民広場から都庁第一庁舎を。
 
 


東京都庁第一庁舎、[iAUTO]
( PEN E-PL2 と M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 IISLV で撮影 )

  
 
日を間違えたか、曇りだと撮影心も曇ります。今でなきゃ撮れない場所ってないものか。
またまた、ドラマチックトーンで。…ドラマチックではなく、ドラマティックの方がいいんじゃないかな。
 
 

東京都庁第一庁舎、[ART]ドラマチックトーン
( PEN E-PL2 と M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 IISLV で撮影 )

 
 
よくみると手前の銅像(アダムとエヴァ)は[iAUTO]に比べ明るく写っています。
だた暗くしてJホラー風にしてるわけじゃない。近くは明るくしてるのかな。
 
それにしても、都民広場って広い。これを新宿の一等地に作った丹下健三と都民の税金には頭が下がります。

この広さを撮ろうとして四苦八苦。駄目だ~ぁ、どうやっても撮れない。FX-33の時は簡単だったのに。
これがズームレンズと広角レンズの差か。改めてわかりました。
 
 


 

都民広場、[iAUTO]
( PEN E-PL2 と M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 IISLV で撮影 )

 
他のアートフィルターも試す後半へ続く
 
 

  案内 ~ 東京都庁舎

東京都庁舎(とうきょうとちょうしゃ)は、東京都の新宿副都心にある、東京都庁の本庁舎。東京都新都庁舎、東京都本庁舎ともいう。
丸の内の旧都庁舎は、1970年代には建物の老朽化、狭隘化、分散化といった問題が発生しており、解決が望まれていた。1979年に都知事に就任した鈴木俊一は、都庁の新宿移転を強力に推進し、1985年9月に東京都議会で“東京都庁の位置を定める条例”が可決され、新宿副都心に建設されることが決定された。同年10月末には指名設計競技参加者が決定、翌1986年4月に丹下健三(構造設計は武藤清が担当)の設計案が選ばれた。
1988年4月着工、1990年12月に完成。翌1991年3月9日に落成式が執り行われ、4月1日より丸の内の旧庁舎から業務を移転した。第一本庁舎、第二本庁舎、都議会議事堂の3棟からなり、東京都の行政の中枢機能を担っている。
第一本庁舎は高さ243 mで、完工時にサンシャイン60を抜き、日本一の高さを誇った。その後、日本一の座を横浜ランドマークタワー(1993年完工、296m)に、東京一の座を六本木のミッドタウン・タワー(2007年完工、248m)に譲った。
着工から完工当時の東京都知事は鈴木俊一。
バブル景気の最中に計画された当時日本一の超高層ビルであり、「バベルの塔」をもじって「バブルの塔」、また投入された税金から「タックス・タワー」と揶揄されることもあるが、反面、東京の観光名所の一つとして、展望室に訪れる人が絶えない。夜間はライトアップされる。
展望室は、第一本庁舎45階(地上202m[1])にあり、「南展望室」と「北展望室」に分かれている。両展望室へはそれぞれ1階から直通エレベーターがあり55秒で到着する(出口は2階または1階)。入室料はいずれも無料だが、開室時間・休室日は異なる。バーや喫茶店や土産店も併設されている。この建物は地上48階まであるが43・44・46〜48階は機械室となっており一般利用者の立ち入りはできない(ただし44階のトイレは利用可能)。
この建物は丹下健三の後期の代表作のひとつで、一般にデザインとしてはポストモダンに属するとも、第一本庁舎は一般にパリのノートルダム大聖堂の形態を引用しているともいわれている。平面形は正八角形をモチーフとしている。
第二本庁舎は、同じ丹下の設計した新宿パークタワーと意匠的な共通点がみられる。

  地図


 

  リンク集(参考サイト)

東京都公式ホームページ
東京都庁 – Wikipedia
  
 

撮影年月:2011年05月
撮影場所:新宿西口
カメラ:OLYMPUS PenLite2 E-PL2



[ 更新記録 ]

2稿)2017年09月27日、街角アイキャッチ
初稿)2011年05月06日、一つ目カメラ小僧