明治生命館、中に入ってみました。

時代の記憶

レポート

丸の内は近代建築物の宝庫。東京駅を筆頭に日本工業倶楽部、東京銀行集会所、三菱一号館、DNタワー、明治生命館。歴史的な建物が点在しています。

今回はその中から、明治生命館のレポートです。
 
 

■ 中に入れるとは知らなかった ■

 
 
全部、石で出来ているのか? 強固な外観。 どんな地震がきてもビクともしなそう。見学は2階かららしい、人はほとんどいません。ラウンジとか穴場かも。

エレベータが既に歴史的。何度か変えてるようですが、昭和のデパートみたいだなぁ。
 

■ でもボタンが押しやすい ■

 
 
これは・・・。どこから見ればいいのだろう? 吹き抜けエリアが贅沢です。
 

 
 
会議室、応接室がいくつか。 戦後、アメリカ極東空軍司令部として使用するため、GHQに吸収されたといいます。

打合せには便利そう。でも東京国際フォーラムの会議室の方がかっこいいなぁ。

■ 大きな会議室 ■

 

■ 贅沢な応接室 ■

天井が個性的。神社やお寺で木の天井に絵を描いたものはよく見かけますが、これも大理石を彫ってるの?

実際は漆喰と石膏だそうです。

■ 石膏で作られたロゼット(丸い花飾り)■

あっという間に探索終了。外の明るさが眩しいです。この頃の建築には明るさが足りないんだなぁ。
 

■ 風が気持ちよい ■

■ 鉄の扉 ■

 
 

案内

明治生命館(めいじせいめいかん)は、東京都千代田区丸の内二丁目にある建築物である。設計は岡田信一郎・捷五郎(兄弟)、構造設計が内藤多仲。重要文化財には「明治生命保険相互会社本社本館」として指定されている。

業務の拡大に伴い、1928年(昭和3年)、当時の三菱第2号館(コンドル設計)に隣接して、新社屋を建設することが決まる。指名コンペ方式で、岡田信一郎の案が採用された。そして、岡田の考えによって、旧社屋も取り壊しての建設となった。1930年(昭和5年)9月に起工し、1934年(昭和9年)3月31日に竣工した。

太平洋戦争後は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収。アメリカ極東空軍司令部として使用され、対日理事会の第1回会議は明治生命館2階の会議室で行われた。1956年(昭和31年)、アメリカ軍から返還された。

1997年(平成9年)、昭和の建造物として初めて重要文化財の指定を受けた。

2001年(平成13年)から改修工事が行われ、隣接地に30階建ての明治安田生命ビルを建設して一体的に利用することで、歴史的建造物を活用しながらの全面保存が実現した。現在も明治安田生命保険の本社屋として現役利用されており、1階には同社の「丸の内お客様ご相談センター」が設けられている。

各国が日本へ派遣した特命全権大使・特命全権公使が天皇に対して信任状を提出する信任状捧呈式の際には、東京駅から馬車か車で皇居内の宮殿まで移動する慣例となっていたが、東京駅の復原工事中の際はこの明治生命館から出発となっていた。

設計に当たった岡田は「様式建築の名手」と称される。明治生命館も、5階分のコリント式列柱が並ぶ古典主義様式に則ったデザインである。一方この建物よりも前に建てられた近隣の東京中央郵便局は、洗練されたモダニズム建築の傑作と讃えられており、対照的である。


  
  

地図


 

リンク集

明治生命館
明治生命保険相互会社本館
丸の内 明治生命館

  
 

撮影年月:2016年05月
撮影場所:丸の内
カメラ:Panasonic DMC-LX7



[ 更新記録 ]

初稿)2016年05月29日、街角アイキャッチ