● 千と千尋の神隠しに登場した油屋のモデル、目黒雅叙園。

● 明日が秋刀魚祭りという日。旧雅叙園の保存建築が見れるというので、目黒まで足を伸ばしました。《 昭和の龍宮城 》と呼ばれた目黒雅叙園。映画《 千と千尋の神隠し 》に登場した、油屋のモデルとも言われています。
見学は園内ギャラリーの《水晶画十二姫展》のチケットを買うことが条件でした。

エントランスを入るとすぐに《 十二姫展 》の受付。まるでフロアマネージャーのような貫禄のある人が展示場所を案内してくれました。乗ろうとしたエレベータに吃驚。なんて重厚な扉でしょう!表面に施されているのは螺鈿(らでん)細工とは思えない大きさです。これが雅叙園か・・・。
でもエレベータを降りると途端に普通のフロア。なんか安いビジネスホテルの廊下のよう・・・。なぜ? 案内の矢印もなく、もう迷子状態!? でもなんとか《 十二姫展 》へ

~十二姫展についてはこちら

あっという間に見終わってしまったと思ったら、再びエントランスに逆戻り。「 えっ~! 保存建築ないじゃないの? 」再びフロアマネージャーのお世話に。どうやら順路を間違えたようです。
(*=.=*)

目黒雅叙園の歴史は古く、昭和6年の開業当初は北京料理と日本料理を出す料理屋だったそうです。結婚式と披露宴を一ヶ所で行えるようにした最初で、昭和14年には1日の挙式数が114組に達したとか。この頃は日本画や彫刻で彩られた巨大な「千人風呂」というのもあったらしい。
保存建築はその当時の宴会場の一部です。組子障子や螺鈿細工、美人画を駆使した部屋。「庶民の趣味や夢を一同に集めたお伽の国」を目指して造られたといわれています。

まずは百段階段。真直ぐ伸る階段で、途中々々に踊り場があります。切りが良すぎる数字は縁起が悪いということで、実際には99段しかありません。雅叙園が傾斜地にあるため出来たとか。
材料に使われているのは幅が2m、厚さが5cmもある欅(けやき)の板。これ程の欅は今では府中の大国魂神社にしかないとのこと。でもちょっと薄暗くて、なぜか病院を思い出してしまいました。
踊り場から行くことができる6つの部屋を見ました。

最初の部屋は十畝(ぽ)の間。6つの部屋の中では1番大きいとのことですが、大して広くありません。思った程派手でもない。どちらかというの煤(すす)けた感じ。せっかく来たけど、失敗だったかな。
ちょっとガッカリしていると、部屋の説明をしているおじいさんを発見。きちんとした背広姿。どうやら雅叙園のガイドさんらしい。神戸から来たというオバちゃん達に説明をしています。いっしょに話を聞いてもいいというのでちゃっかり便乗しました。おかげで面白い探検ができました。
(以下ガイドさんからの情報多し)

一番有名な漁礁(ぎょしょう)の間。四方八方、天井にも彫刻が施されています。正面には直径2尺の床柱。それぞれ漁師と樵(きこり)が彫刻されています。中国の諺に「漁樵問答」というのがあり、話がかみ合わないという意味だとか。
左側の漁師は浦島太郎。春に色付く木々に子供を2人連れています。右側の樵は養老の滝の孝行息子。秋の落ち葉の中、子供を1人連れています。かたや玉手箱で歳を取った男、一方は酒で親を若返らせた男。意図的に左右に反対の彫刻を配しているらしい。
天井の彫刻も結構彫りが深いもの。周りは平安貴族の一年の行事を絵にしたものだとか。確かにすごい。けど豪華だけど、ちょっと品がないような気がします。ちょっと体中に刺青をした人を思い出しました。

続いて草丘の間。紅の絨毯がちょっとアンマッチな気も。千と千尋で、龍になったハクが紙の人形に追われて飛び込んだ部屋のモデルとガイドのおじいさんは説明していました。なんでもおじいさんは宮崎駿監督が見学に着た時にも、この部屋を説明してたらしい。
また、この部屋は東京で1番の富士が見えた場所だったとか。部屋を囲むように廊下があり、全面ガラス張り。昔のガラスらしく、厚さが均等でないようで景色が少し歪んでました。

静水の間、星光の間と続いて、最後は清方の間。障子のように日本画が壁に填め込んであります。とても有名な絵だそうで、方々の美術館に貸し出しされることが多いそうです。この部屋の日本画だけで数億の単位の価値があるとか。とても風通しがいい部屋で、私にはそちらの方が気持ちよかったかな。

百段階段を降りる途中にトイレ(和式/使用不可)がありました。四畳半くらいある部屋の隅に便器が。ノックをされると入っている人は届かないドアの替わりに床を叩いて答えたそうです。余った空間は何に使うのだろうと思ったら、御付きの人が待機する場所だそうです。…落ちつかないだろうなぁ。

ガイドさんのサービスで、本館にも案内してもらえました。本館最上階に再現された旧エントランスと、奥にある宴会場(こちらは現役、広い!)までが見れました。本当にラッキー。ガイドのおじいさんからは、学徒動員があった時に最年少の5年生だった話まで飛出して吃驚。

思いがけず入れた本館ですが、やはり現在の雅叙園の方が豪華絢爛。光り溢れる園内はかなり広く、遊んでるエリアが結構あります。都内の一等地、それだけでも十分豪華です。
式場は神殿が1つとチャペルが3つ。宴会場は幾つあるのでしょう?
8階の各フロアーに最低4部屋は有る模様。着席なら10~500名、立食なら30~1000名の宴会場があるようです。1000人の部屋って一体…。
長いエスカレーター(100段以上はあるのは確実)から一望すると圧巻。
一番上までいって気がついたのですが、このビルの天井はガラス張り。この建て屋はまるで巨大な植物園です。明るさはこのためだったのか。
こんなところで式を挙げたら一体いくらかかるのだろうか?

目黒雅叙園の保存建築。豪華は豪華、でも国宝にはならない粗さがありました。しかし誰にでもわかるその派手さ。京都の雅、江戸の粋というのとは違う豪気さ。金に糸目を付けず、店を増殖させていった豪商の力強さを感じました。
 
 
 

撮影年月:2003年10月
撮影場所:目黒
カメラ:
Flickr:



[ 更新記録 ]

2稿)2016年05月14日、街角アイキャッチ
初稿)2003年10月06日、七人の見たもの