黒澤明の監督デビュー作。姿三四郎の感想をどうぞ。

 

紹介

黒澤明監督のデビュー作。1943年、戦時中に製作されたもの。
本編は再上映の際、一部がカット。そのフィルムの一部は未だに失われたまま。
 
 

感想

黒沢明の初監督作品。戦時中の1943年公開、当然モノクロです。明治時代、柔術と新興の柔道がせめぎ合う中、修道館・矢野正五郎の門下になった姿三四郎。その成長を描く青春物。フィルムが一部紛失してるらしく(冒頭に説明あり)、とことどころ映像の代わりに説明が入ります。
三船敏郎は出てきません。志村喬の名がタイトルバックにあったので、若い時の姿が見れると思ったら残念、既に初老の役でした。
(^_^;
それでもさすが黒沢監督。おっと思ったシーンが3つもありました。

一つ目は下駄のシーン。闇討ちを仕掛ける門馬三郎とその弟子たち、それを軽々と投げ飛ばす矢野正五郎。その光景を目の当たりにした三四郎は感銘、正五郎に弟子入りします。履いてた下駄を捨て、正五郎の人力車を引く三四郎。その後です。
カメラは三四郎を追わず、捨てられた下駄のアップに。夜が明けてなお通りに取り残されている下駄、雨の中に濡れる下駄、子犬に遊ばれる下駄、鉄門のてっぺんに引っ掛けられた下駄、そして下駄は川に流され、たどり着いたのは祭りで賑わう村。そこで修道館の三四郎が大暴れをしているとつながります。
この展開のスムーズさ。無駄を削ぎ落とし、それでいてわかりやすい。そしてその間の出来事を思い回らさせる。63年後の今でも新しいのが凄い。

次は道場を俯瞰するカメラ。神社で願をかける娘、小夜。ほのかな思いをよせる三四郎。互いに名も知らぬ二人。しかし、小夜の願いを聞いて三四郎は愕然とします。それは武術大会で、父(村井半助)が三四郎という男を倒すこと。運命のいたずらか、嘆く三四郎。しかし大会当日、三四郎は豪快に半助を投げ飛ばします。
二度、三度、四度。試合を俯瞰(ふかん)するカメラ。画面右下には、勝利しながらも、がっくりと肩を落とす三四郎。画面左上には、三四郎の方に頭を向け倒れる半助。立ち上がって成り行きを見守る観客、審判団。誰もいない畳を中心にスポットライトが当たってる。このカットが美しい。また、わかっていても見入ってしまう展開は編集の妙でしょうか。

最後は右京ヶ原の対決。この決着のつけ方が潔い。初め、ふたりは組み合って草むらの中。追ってくる立会人、心配そうに見つめる小夜。そのカットに競り上がるように顔を出す二人の武道家。檜垣源之助の締め付けに顔を歪める三四郎。一気に緊迫します。風、そして雲までもが演技をしています。
両者ともに譲らず。やがて三四郎の投げ技が決ります。草むらに沈む源之助。駆け寄った三四郎達に《 まだだ~まだだ~ 》と近寄ってくる源之助。しかしすぐに力尽き、頭から逆さまに坂をずり落ちていきます。ホラー映画などでよく見る、どっこいまだ生きているの元祖か・・・。すぐに力尽きるところにリアルさを感じます。

他に気になったのは、異様に長い間。三四郎が武闘大会で門馬三郎に投げ勝ったあと、娘が三四郎をじっと睨みつけます、このシーンが長い!どうしたんだぁ~と思うほど(約15秒)。
もう一つ、源之助が村井家に訪れるシーン。三四郎が食事を振る舞われ、お互いの健闘をたたえ合ってるところに彼が現れます。誰も何も言わず、ただお互いのアップが続くこのシーン。思わず吹き出してしまいました。
今の感覚と大きく違う。昔の人はこのぐらいの間には違和感がなかったのでしょうか。他がテンポよく進むだけに目立ちます。
また台詞が聞き取り憎いのも気になりました。音響技術のせいでしょうか、黒沢監督の映画はいつもそう感じますが、そう思っているのは私だけなんでしょうか・・・。

いつの間にか長文になってしまいました。やはりおそるべし黒沢明。思い出すシーンに、何かしら言いたくなります。
(^^;
今度は初期の作品を順に観ていこうかな。
 
 

 

薀蓄

黒澤明は、1941年(昭和16年)公開の山本嘉次郎監督作品『馬』で助監督を卒業し、『達磨寺のドイツ人』を処女作の企画として提出したが、内務省の検閲で却下された。続いて日露戦争を舞台とした『敵中横断三百里』の脚本を書くが、シナリオを読んだ森田信義企画部長に新人監督としてはスケールが大きすぎるという理由で映画化を却下されており、なかなか監督に昇進できずにいた。
1942年(昭和17年)9月5日の読売報知広告欄に、『姿三四郎』という新刊書の出版予告が出され、タイトルを一目見て何か強く魅かれるものがあった黒澤は、森田信義に映画化交渉を依頼した。東宝が映画化交渉をした翌日には、大映と松竹が映画化権獲得の交渉をしていた。最終的に東宝がその権利を得たのは、原作者である富田常雄の妻が映画雑誌で黒澤のことを知っており、有望な新人だと夫を説得したためであった。
同年12月13日、横浜の浅間神社境内のロケでクランクインした。黒澤は『映画評論』1943年3月号所収の「新米演出家の日記」に、「自分は今、満目皚々たる処女雪を、キュッキュッと踏みしめ、踏みわけて進んでいる爽快さにワクワクしている」と、処女作に対する心境を記している。
黒澤の本物の自然を狙うロケ好きはこの時から始まっており、クライマックスの決闘シーンを撮る時、薄の原のセットを見た黒澤は強い不満を覚え、会社に交渉している。新人監督としては度胸のいるクレームであったが、3日間の日数を条件に認められ、箱根仙石原でロケを行った
ラストの汽車の中のシーンでは、黒澤以下スタッフが客に扮して出演するというショットがあったが、試写を見た森岩雄重役に「ふざけ過ぎる!」とたしなめられて、このショットはカットとなった。
アニメ制作会社エイケンでプロデューサーを務めた鷺巣政安は、幼少期に本作品へエキストラとして出演している。
本作は1943年(昭和18年)3月25日に封切られた。作品は大ヒットとなり、この年の興行収入ランキングでは滝沢英輔監督の『伊那の勘太郎』、稲垣浩監督の『無法松の一生』に次ぐ第3位の成績となった。作品の評判も良く、山中貞雄賞、国民映画奨励賞を受賞し[11]、『映画評論』が行った1943年度の優秀映画選考では第2位となった(第1位は『無法松の一生』、第3位は『海軍』)[12]。当局の検閲では、検閲官の一人だった小津安二郎が「100点満点として120点」と絶賛した。
1990年代に入り、カット部分のフィルムの一部がロシアのゴスフィルムフォンド(ロシア語版)で行われた日本人による調査で発見された。戦後に満州映画協会に保存されていた物が、ソ連側に資料として持ち去られていたものである。カット部分の12分を追加した全長91分の最長版は、2002年(平成14年)発売のDVDに収録された。

資料

コピー:-
監督:黒澤明
脚本:黒澤明
原作:富田常雄(錦城出版社・版)
音楽:鈴木静一
主題歌:-
撮影:三村明
編集:後藤敏男

矢野正五郎 / 大河内傳次郎
姿三四郎 / 藤田進
小夜 / 轟夕起子
檜垣源之助 / 月形龍之介
村井半助 / 志村喬
お澄 / 花井蘭子

製作会社:東宝映画
配給:映画配給社、東宝(再公開時)
公開:1943年3月25日
上映時間:97分(初公開時)、91分(最長版)
製作国:日本
言語:日本語
制作費:-

姿三四郎(プレビュー) – YouTube
 
 
 

本編を観るには・・・


姿三四郎
<東宝DVD名作セレクション>
( オムニセブン )

参考・引用

姿三四郎 (1943年の映画) – Wikipedia
姿三四郎:黒澤明
『姿三四郎』(1943) 20世紀を代表する巨匠、黒澤明監督のデビュー作 ネタバレあり。 良い映画を褒める会。/ウェブリブログ
黒澤明×姿三四郎 デビュー作にして斬新なスローモーションの使い手!

更新履歴

2稿)2018年05月22日、シネマドローム
2稿)2015年11月07日、シネマドローム
初出)2006年10月16日、東京つまみ食い