★ 2017年04月23日 難しい・・・(笑)う~ん・・・「なんでもっと簡単に飛ばしてくれないの?」って感じです 号

近況報告 / 更新記録 / タイトル


 人生の分かれ道、道は選べるとは限らない

※この記事は 2004年11月22日、29日 に 東京つまみ食い にアップしたものです。
すでに12年が過ぎましたが、今のところまだ生きています。(^^;

———————————

先週はついに更新ができませんでした。どうも体調が悪いのは疲れだけではなさそう・・・。会社に行く代りに、自宅近くのS病院へ。実は私には肝臓に傷があります。暫くほったらかしているからなぁ。
(=_=;

数年振りのS病院。受付でちょっと戸惑いました。診察券は電子化されてるし、自動の受付機(再来機)まであるし、でもおかげで混雑は以前より緩和されている模様。それに看護婦さんが若くなっている!掲示板を見ると7月に待合室でハープ奏者の演奏会があったとか。ここでも時は確実に流れています。数年前、私はここで忘れられない経験をしました。

会社の健康診断では眼以外悪いところのなかった私。その年はγ(ガンマ)-GPTという数値が2オーダー(桁)も高い異常値。それが事の始まりでした。問診の先生からは超音波の検査を勧められ、ダボダボのTシャツのような検査着の中は裸。寒いし、その時は大袈裟だなぁと思ってました。でも横になり検査が始まると、女医さんがさかんに首を傾げます。どうやら肝臓の回りに大きな隈(くま)があるとか。そこで急遽、CTスキャンも行うことに。今度はちょっと本格的。真っ白な巨大な壁のような装置に細長い穴。そこに点滴をうちながら入って行きます。今、私の輪切り写真が撮られている。結局リーガンの奇行の原因が判らない、エクソシストの病院シーン思い出しました。その時はまだ余裕のあった私、でも結構疲れました。

すでに夕暮れ。ガラガラの待合室に、ぽつりと私ひとり。長らく待たされた後、呼び出され入った診察室の空気は、とても重いものでした。切り出しにくそうだった先生が一言。

「 こんなになるまで・・・ 」

看護婦さんは残りのフィルムを落とし、床にばら蒔いてしまいました。慌てて集めてじっと静かにしています。

・・・えっ、何、この雰囲気!?ドラマ...

CTスキャンの画像を見ると肝臓の上部1/3ぐらいを真っ黒な隈が蔽っています。

「 これで本当になんともないのですか? 」

先生の声にも上の空の私。今すぐ入院という話になり、仕事があるという私に先生が一喝。

「 そんなことを言ってる場合じゃないだろう! 」

その声に初めて、事の重大さを知りました。

「 先生、そんなに悪いのなら、はっきりと言って下さい 」

私ももうその時は真剣。

「 後何年という話なんでしょうか? 」

看護婦はいたたまれず、下を向いてしまいました。永い永い沈黙。

「 ・・・まずは造影剤を入れた精密な検査をいたしましょう。話はそれから。一週間後、それまでは病室で安静にしてください 」

——

次の日から入院生活の始まり。動けないおじいちゃんばかりの相部屋。点滴を打ちながらベットでテレビを観る毎日。それに夜9時に消灯という信じられない規則が・・・。
筋肉も萎え、点滴の針を刺すところもなくなって来た頃、検査当日になりました。全身麻酔を打たれ朦朧(もうろう)とした意識の中、脇腹からチューブが挿入されたのがわかりました。そしてその夜は集中治療室行きになりました。

翌日、検査結果は《 肝血管種 》というもの。一体それは何!?どうやら大きな血豆のようなものが肝臓の中にできているようです。その部分は既に壊死(えし)状態。これほどの大きさのものは珍しいのだとか。ただ肝臓は1/10もあれば機能を果たし、自己再生もできるそうなので、すぐにどうこうという話はなくなりました。

腫瘍には良性、悪性の他に先天性のものがあり、これは先天性のもの。さらに大きくなったり、悪性に変異しなければ問題ないそうです。もし悪性の腫瘍であればこの大きさ、1年ももたなかったとか。ふぅ~。命拾い。吃驚した。病気や事故とは無縁と思ってた私。それから無茶をするのが怖くなりました。

あれから早、数年。当初控えていたはお酒もカップ麺も、最近は飲み放題、食べ放題。今年になってから急に仕事の負荷も上がったので、悪化してしまったのか?異常なだるさと、肩凝りが嫌で嫌で堪りません。肩なんて凝ったことなかったのに…。今回はどんな結果が出るんだろう。腫瘍がさらに大きくなっていたら、ちょっとヤバイかもしれません。
(v_v)

———————————

※ この時の検査結果も問題なしでした。帰りがけ、以前診察してくれた先生とばったり。

「 生きていましたか! 」と先生。
「 えぇ、一応 」と私(^^;
「 それならもう、本当に大丈夫だ 」と先生。

やっぱり、やばかったんだなぁと記憶が蘇りました。それからまた12年。最近、また疲れ方が激しいけど、そろそろ悪性に代わり始めたかな。
  


更新記録

(2017年04月09日 ~ 2017年04月15日)

 
※ サイドバーにも各サイトへのリンクがあります。


タイトルの言葉


浅田真央選手、突然の引退発表。テレビが騒然となりました。繰り返し流されるソチオリンピック、フリーの演技。そういえばあの時私は新宿のビジネスホテルに。リアルタイムでテレビを見てて、いいもの見たと感動したことを思い出しました。

有名スケーターからのコメント、幼少時代の映像、恩師達の今、ソチの演技を世界のアナウンサーたちはどう伝えたかなどなど。テレビでは様々な切り口で、いままでの活躍を労っていました。

NHKではソチフリーをノーカットで放映、なんど見ても引き込まれるなぁ。最初のトリプルアクセス成功時、「 降りた! 」と叫んだアナウンサーの声が状況を物語っています。今週のタイトルは、トリプルアクセルについて聞かれた浅田選手の言葉。

あの演技の前日、ショートプログラムの失敗。放心状態でインタビューに答えていた真央ちゃん。「 勝つと思うな、思わば負けよ♪ 」、逆に無心で望めたことが、フリーの最高点につながったんだろうなぁ。そして演技終了後に溢れた表情。前日の失敗目の当たりにしてただけに、世界のスケーター、アナンサー、観客、全世界の視聴者に感動を呼んだんだろうなぁ。多かれ少なかれ、誰でも失敗の苦い味は知っているもの。なおさらのことです。

 


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Translate »