★ 2016年03月20日「与若芧、朝四而暮三、足乎」衆狙皆伏而喜 号


◆ 南無東方善徳佛。三世の諸佛の守護したもう所なり

● 母は朝のおつとめとして「お経」を唱えます。なんの宗教なのかは不明。何度か聞いたことがありますが、すぐに忘れてしまいます。
目が見えないので、録音されたお経に合わせ唱えます。いまだにカセットテープ。テープは消耗品なので、数年に1度、新しいものに替える必要があります。先週、そのリクエストがありました。そう、私が唱え、録音するのです。これが結構大変な作業なのですが。
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● まず経典が読み難い。ふりがなが振ってありますが旧字体。どこで区切りを付けるかも不明です。こうだろうと30分ほどで唱えますが、テープが足りなくなったり、雑音が入ったり。なのでテイク3とかになり、終わるのは深夜になってしまいます。
ただ無事に唱え終わると不思議な清涼感を覚えるのも確か。私にたくさん取り憑いている悪霊が祓われるからでしょうか?
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● しかし、世の中の進歩は早いです。なんとこの読経の音源をインターネットに見つけました。Youtubeではありません。GooglePlayです。

「青経巻 南無妙法蓮華経 朝夕のおつとめ」

これだ、これに違いない。まずGoolgeストアで書籍として購入(タダだけど)。Xperiaにダウンロードし、その後読み上げ機能を使って音声化。それをテープレコーダーに録音です。声が初音ミクみたいだけど、とりあえずやってみよう。う~む、読み方は私の方があってるような気がするなぁ。・・・お経を聞きながら、昔の事を思い出しました。

● 私が子供の時から母はカセットで落語や浪曲を聴いていました。エアチェックしたものを何度も何度も。目の不自由さを忘れられる数少ない楽しみ。小さかった私は一緒に聞いていました。その中に「壺坂霊験記」という話が。盲目の主人公が最後、観音様の霊験により目が見えるようになる話です。

「め、め、目が開(あ)いた~!」

と喜びの声を上げる主人公、それをじっと聞いている母。いいなぁ、羨ましいなぁ。そう思っていることは子供の私でもわかります。でもなにも出来ない自分。そんな母の姿をみているのがとても辛かったことを覚えています。

なので母が朝のおつとめを始めたときも、何も言えませんでした。科学の時代というけれど、治らない病気は多い。「あなたは治りませんよ」というだけの医学に、何の意味があるでしょう。おつとめに救いを求める母に何が言えるでしょうか。

・・・もっともかなり後になって、何をお願いしているのか聞いてみると、私の思っていたのとは違っていたのですが。

● 母に録音したお経を聞かせると、間髪を入れず、人間味がないとのコメント。やっぱり人が唱えないと駄目らしい。それにお経がこれではないとも言います。

「えっ!?だって私の唱えているのと同じでしょう? う~ん、わからない」

結局、私が唱えることに。それが私のためでもあると言います。そこまで来ると私も一言言いたくなりますが、まぁ仕方がない。時間をとって唱えるとするかな。


◆ 更新記録 2016年03月06日 ~ 2016年03月12日


◆ タイトルの言葉

● 列子、朝三暮四から。その原文の最後です。朝三暮四(ちょうさんぼし)はこんな話です。

「中国、春秋時代。宋の国に狙公という男がいた。猿を可愛がっていて、自分の食事を減らしても、猿たちに餌を与えていた。ところが急に貧しくなったため、猿の餌(トチの実)を減らさなければならなくなった。そのまま話すと猿たちは逃げ出すと思い、狙公は一計を案じた。

まず猿たちに「これからはトチの実を、朝に3つ夜に4つ、あげよう」と言った。怒り出す猿たち。「それじゃ、仕方がない。朝に4つ夜に3つ、あげよう」すると猿たちは、大喜びをしてひれ伏した。」

朝三暮四は、目先の違いにこだわって、結果が同じになることに気が付かないことの例え。また、ことば巧みに人をだますことを指すそうです。

● 猿たちを笑うことは簡単。でも自分はそんなことはないのか・・・。もうちょっと巧みではあるけれども、ポイント商法とかガチャって、うまく客を操ってます。これもある意味、朝三暮四なのでは。
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( この話は2008年02月11日に、東京つまみ食い にアップしたものを大幅に変更したものです )



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